ミッドライフ・クライシスとは
ミッドライフ・クライシス(中年の危機)とは、40~50代前半までの中年期に「自分は何のために生きているのだろう」などと深く思い悩み、心の病気に似た症状がでてしまうことを指します。
私たちは誰しも、人生の中で様々な選択をして生きています。しかし、
「自分の人生、これで良かったのだろうか…?」「もし、あのとき、違う選択肢を選んでいたとしたら…?」
こんなことを考えたことは、ないでしょうか。
このような思いを抱くのは、人間が成熟していく時に起こる自然なことです。しかし、この時、充分に向き合えずにいると、とても辛い状況になってしまいます。何年も深く悩み、うつ病のような状態になってしまうこともあります。
この中年期の心理的な危機を、心理学者であるカール・ユングはミッドライフ・クライシスと呼びました。ミドルエイジ・クライシス(Middle age crisis)と表記される場合もあります。
「仕事が元々上手くいっていないから、なるんでしょう?」「夫婦仲が良くないから、なるんじゃないの?」
そう思う人もいるかもしれませんが、ミッドライフ・クライシスは、仕事や家庭が上手くいっていたかどうかは関係ありません。それまで、どのような人生を送っていようとも、迎えることがあるのです。
そのため、今現在、中年期の人も、まだ中年期に差し掛かっていない人も、ミッドライフ・クライシスについて学び、対策を知っておくことが大切です。
きっかけは?
ミッドライフ・クライシスの始まり方は、人によってさまざまです。
「体力が衰えてきたのに、仕事上の負担は減らない」「職場で部下を育てなければならず、自分の仕事に手を付けられない」「親の介護が始まった」「子どもが思春期に入り、子育てに悩んでいる」等、具体的なきっかけがあって始まることがあります。
一方で、特に思い当たるような出来事はないのに、ある日、突然、自分の中で何かが壊れたように感じて、始まる場合もあります。
肉親や知人の死など大切な人を失う時期にも差し掛かるため、精神的に不安定になったり、これからの残りの人生について考えるようになるとも言えます。
そして、自分の人生に対して限界を感じたり、もう他の選択肢は選べないのだと感じるようになった時、ミッドライフ・クライシスを迎えるのかもしれません。
青年期の葛藤との違い
多くの人は、中年期よりも前の青年期(15~25歳頃)にも、似たような危機を経験しているかと思います。
青年期の葛藤は、「自分は何者なのか」「自分はどんな仕事がしたいか」「自分はどんな人生を歩みたいのか」といったことが多いのですが、これらを自問自答するなかで、人は「自分らしさとは何か」「自分とは何者なのか」という、アイデンティティを確立していきます。これが上手く定まらない時、青年期の危機を迎えます。
中年期には、青年期で一度答えが出たはずのそれらの問いが、再度、問われることになります。
男性のミッドライフ・クライシス
男性の場合、ミッドライフ・クライシスが始まるのは、主に心身の「衰え」を感じた時です。
中年期になると男性ホルモンが減少して、様々な不調に悩まされることがあります。身体的な症状では、動悸、息切れ、ほてり、のぼせ、多汗症状などがあります。精神的な症状ではイライラ・抑うつ感(あまり外に出たくない等)があります。
しかし、このような衰えを感じるのは、年齢から考えれば自然なことです。では、乗り越えていく人と乗り越えるのが難しい人がいるのはなぜでしょう?
それは、衰えそのものよりも、衰えに対する「焦り」によって、ミッドライフ・クライシスが始まるからです。
男性は性的な行動への結びつきに注意
ミッドライフ・クライシスを迎えると、誰もがそこから何とか抜け出そうとします。その際に男性が特に気を付けた方が良いのは、性的な行動への結び付きです。
例えば、若い女性との不倫や浮気、遊び、キャバクラ通い、性依存症などです。男性にとって「老い」という不安を払拭しやすいのは、性的な行動だからでしょう。また、既婚者であれば「家庭や結婚生活の重圧から解き放たれたい」衝動を解消しやすい方法でもあります。
性的な行動以外には、アルコール依存症に陥る場合もあります。
ですが、当然、これらは今までの生活を壊してしまいます。「自分はそんなことにならない」と思っている人も自制心を持ち、充分気を付けてください。
女性のミッドライフ・クライシス
女性の中年期は、女性ホルモンの変化で心身に不調をきたす「更年期」と重なる時期ともいえます。
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そして、女性のミッドライフ・クライシスは、プライベート(恋愛、家庭、子育てなど)と仕事の両方で、葛藤を乗り越えなくてはならない場面が多く、より複雑になります。
結婚や妊娠・出産を機に仕事を辞め、家庭を選んだ人は、仕事を辞めたことや仕事のキャリアがないことを後悔しやすい傾向にあります。
一方、結婚願望や子どもを持ちたい気持ちがあったけれど、仕事を選んだ人は、結婚しなかったこと、子どもを持たなかったことを後悔しやすいでしょう。身体的に、子どもを持ちたい人にとっては妊娠できるラストチャンスと捉えたり、あるいは精神面では子どもを持たない人生を受け入れる決断を迫られる時期でもあります。
また、両方選んでいたとしても、「あの時、こうしていれば…」という迷いや後悔が生じやすいものです。気づいた時には、ついついネガティブな感情ばかりが自分を取り巻いている…なんてこともあるかもしれません。
向き合わずにいると…
男性でも女性でも、中年期に表面化した課題に向き合わずにそのままにしてしまうと、より状況は深刻になっていってしまいます。自分自身の問題を見つめることが出来ず、人生が上手くいかないのは社会や他人のせいだと考えるようになったり、物事に対して批判的になりやすくなったりします。
この状態が続くと、葛藤が解消されず、ストレスが蓄積されて、辛い状況から更に抜け出しにくくなります。
今までの生き方に関心を失ったり、原因不明の身体症状に悩まされたりして、心の病気に似たような症状が出てくることもあります。深刻になると、実際にうつ病など心の病気にかかってしまうこともあります。
では、ミッドライフ・クライシスを乗り越えるには、どうすれば良いのでしょうか?
ミッドライフ・クライシスを乗り越えるには
中年期は、より良い老年期を迎えるための成長の時期とも言えます。青年期には、無限にあると思えた時間が、有限であることに気づくこの時期、「生きる意味」を再確認し、今後の人生をどう過ごすかを考えていくうえで、手助けになる方法をいくつかご紹介します。
客観的に自分の人生を見つめる
ミッドライフ・クライシスは、これまでの生き方に行き詰まることで起こります。また、それを自分の中だけで悩むことで深刻化していきます。ですから、客観的に見つめることが大切です。
「これまでの人生」「やりたかったこと」「やれたこと」「限界を感じていること」「こうはなりたくないという不安」「これからしていきたいこと」などを、紙に書き出してみたり、誰かに話してみたりしましょう。
解決方法が見つからなくても、一度、自分の中で思っていることを外に出すという作業をするだけでも、気持ちが整理されていきます。
持ち物を整理する
自分自身のこれまでを振り返るには、自分の持ち物を確認することも有効です。若い頃に読んでいた漫画、聞いていたCD、趣味の道具など、これまでの自分がどんなことに興味を持ち、楽しんでいたのか振り返ってみましょう。
そして、これからの自分として持っておきたいものを選び、それ以外を処分していきましょう。そうすることで、自分にとって大切なものが見えやすくなります。無理に捨てる必要はありません。これから先のやりたいことのために、少しずつ、スペースを作っていく作業です。
「家は心を表す」ともいわれていますから、片付けていくことで、心にも余裕が生まれ、次のステップに進みやすくなります。一度に整理しようと思うと大変ですから、毎日1つずつ、片付けるというのも良いでしょう。
生きがいを探求する
ミッドライフ・クライシスを乗り越えるには、生きる意欲や喜びが感じられる事が大事です。日常が平凡な繰り返しだと感じられるようであれば、今までやったことのない趣味や、資格の勉強を始めるなどマンネリを打ち破る試みを続けてみましょう。「本当はこうしたかった」「◯◯をやってみたかった」ということがあれば、思い切って始めてみると、新しい世界が広がることでしょう。
また、これまでは「あまり価値がない」と思っていたことを見直すということも効果があります。今まで全く料理をしなかった人でも、料理教室に行ってみたら楽しかったというような発見をすることがあります。
今までの仕事や趣味に行き詰っている人も、第2の得意分野を見つけるという視点で、取り組んでみて下さい。
情報を選別する
現代は情報化社会で、中年期であれば、スマートフォンやPCを持っている人も多い時代です。SNSやネットニュース等で、いつでも大量の情報を得ることが出来ます。
しかし、一方では、情報過多な状態が情報疲れを引き起こし、自分の中で処理をすることを難しくさせています。
自分と同じ年代で、成功を収めている人を見て、つい自分と比較してしまい、劣等感が刺激されてしまうこともあるでしょう。自分が好きな物事に関するネガティブな情報にさらされて、やる気を失ってしまうこともあります。
ですから、いらない情報は得ないようにする工夫をしてみましょう。例えば、SNSを見ない日をつくる、不快な発言をするユーザーが表示されないように設定をする等してみましょう。
睡眠時間を確保する
睡眠時間が最も少ない年代は、40代という調査結果が出ています。あなたは十分な睡眠が取れているでしょうか?
厚生労働省が行った調査によると、現在では日本人の5人に1人以上が睡眠の悩みを抱えているそうです。
睡眠が不足すると、気持ちが繊細になりやすく、悩みごとに焦点を当てやすくなってしまいます。また、日中に起きた様々な出来事をきちんと処理することが難しくなります。
いつもより長めに睡眠時間を取るだけでも、気持ちの落ち込みを緩和することが出来ます。どの年代でも男性よりも女性の方が睡眠時間が短いという結果が出ていますので、女性は特に心がけてみて下さいね。
「今できること」をする
やらなくてはいけないことは分かっている…でも、動けない。そういった場合もありますよね。
そのような時は、これまでのことで心身共に疲れてしまっていますから、まずは休養が必要かもしれません。
それでも、休むことに罪悪感を覚えることもあるかと思います。
それならば、まず「今の自分にできること」だけを、コツコツこなしていきましょう。どんなに些細なことでも、出来て当たり前と思うことでも、構いません。
ただただ、それを続けていくうちに、少しずつエネルギーが回復し、更に動いていく力が養われていきます。
心理療法で自分を見つめ直す
ご自身で出来る対処方法をご紹介しましたが、悩みが深く、一人で対処するのが難しい場合には、心の専門家に相談をしてみましょう。
カウンセリングを受ける
心療内科、精神科、心理臨床オフィスなどで、臨床心理士などによるカウンセリングを受け、自分のこれからについて相談するという方法があります。
ミッドライフ・クライシスを乗り越えるには、ありのままの自分を受け入れることが大切です。過去を悔やむのではなく、今までの人生で良かった出来事、得てきたものをカウンセラーと一緒に振り返ってみましょう。
内観療法を受ける
内観療法は日本の吉本伊信氏が生み出した心理療法です。
治療者(カウンセラー)とクライエントの相互作用が治療に結びつくとされる他の心理療法とは違い、日常的な刺激が遮断された室内で一人でずっと内省をしていきます。
「ひきこもり」やアルコール依存症などにも効果があるとされ、心の専門家に相談する事に抵抗がある方にも推奨されています。
参考日本内観学会
ミッドライフ・クライシスを転機に
心理学において、「クライシス(危機)」という言葉には、様々な意味がありますが、多くは何かしらの危機を経て、心が危険な状況に陥ったあと、再統合もしくはバランスを取り戻す」という一連の流れを指します。
つまり、ミッドライフ・クライシスには悪いことばかりではなく、プラスの面もあるということです。
ミッドライフの葛藤を克服することは、ある意味、中年期における成熟した「成長」に繋がるとも言えます。この時期を絶好の「機会」と捉えて、乗り越えることができれば、人生の良き転機となるのではないでしょうか。
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参考文献
岡本祐子 – 中年期の自我同一性に関する研究
jstage.jst.go.jp