ダブルバインドとは
ダブルバインドとは、グレゴリー・ベイトソンという精神医学者が提案した概念で、相反する2つのメッセージに縛られ、板ばさみになっている心の状態です。
例えば、子どもが親から「怒らないから正直に言いなさい‼」と恐い顔で問い詰められているとき…。
正直に言っても怒られるし、言わなくても怒られる…そんなことは子どもにもわかっていて、どちらの選択をすればいいか苦慮してしまう状況、これがタブルバインドです。
この例は家庭ですが、職場でも学校でも、あらゆるコミュニケーションの場面で起こります。
相反する2つのメッセージとは
「怒らないから正直に言いなさ」という命令は、1つの意味で受け止めるなら「正直に言いなさい」という言葉になります。
しかし、人の言葉はしばしば文字通りの意味と、言外の意味とが矛盾することがあります。
「言外の意味」は、言葉を発する際の表情、身体の動き(身を引く、身構えるなど)、声のトーン、文脈などによって作られます。それは文字通りのメッセージとは異なる、もう1つのメッセージです。
上の例で言えば、「怒らないから正直に言いなさい」と言うときの声のトーンや表情、あるいは過去に正直に言って怒られた経験があれば、そうした言葉も、文字通りの意味とは矛盾するメッセージになってしまいます。
ダブルバインドの具体例
また、達成不可能な命令は、それ自体がダブルバインドになります。
たとえば、身体の未発達な子どもへの長時間「トイレをガマンしなさい」という命令や、職場で新人に無理難題を与えることなどがそうです。
命令を守ることを約束しなければ怒られるし、命令にしたがっても後で怒られることがわかっています。
これも相反する2つのメッセージに挟まれた、ダブルバインド状況と言えます。
1対多で現れるダブルバインド例
ダブルバインドは1対1の関係でのみ生まれるとは限りません。たとえば、母親と父親がそれぞれ矛盾するメッセージ(母は宿題をしてから遊びなさい。父は外で遊んでから宿題しなさい、と言うなど)を送っている場合にも、やはりダブルバインドが生まれてしまいます。
ダブルバインドは良くないもの?
ダブルバインドは、軽いものを含めれば、家庭、学校、職場など、コミュニケーションのあらゆる場面にあります。
日常的にコミュニケーションをしている以上、ささいなダブルバインドはよくあることで、必ずしもネガティブなことではありません。
ダブルバインドのメリット
ダブルバインドは、それを乗り越えることが新たな学びの機会になることもあります。
治療的ダブルバインドといった心理療法に役立てるケースもあるくらいです。
冒頭の例であれば、子どもが状況を客観的に捉えて「もうすでに怒ってるよね」などと矛盾を指摘すれば、親の方がはっとさせられるかもしれません。
しかし、矛盾を指摘されるとますます怒る親もいます。そもそも子どもは状況を客観的に捉えられなかったり、相手をとがめることができなかったりもします。そうなっていくと、ダブルバインドに完全に縛られてしまいます。
危険なダブルバインド
ダブルバインドから逃れられない状況や、逆らうと重い仕打ちのある場合、とても危険です。
実際、家庭や職場、学校などには日常的に逃れられない人間関係があります。まして幼児期の子どもは、自分の意思で関係から逃れることは不可能です。
そうなると、相手に矛盾を指摘できずに、状況を変えられずさまざまな形で日常的にダブルバインドに追い込まれてしまいます。
モラハラやパワハラの加害者や、カルト宗教も、意図的かどうかに関わらず、ダブルバインドを利用しています。
ダブルバインドに縛られ続けるとどうなる?
ダブルバインド状況に縛られると、心理的なストレスによって精神的な混乱状態になってしまいます。
命令にしたがうことも否定され、したがわないことも否定される。そうなると、物事を自分で決めるということ自体が否定されているように感じます。その結果、やがて自主性を奪われ、無気力になってしまいます。
ベイトソンは次のような3種類の行動パターンにおちいるおそれがあると考えました。
- あらゆる言葉の裏に、自分を脅かす隠れた意味があると思うようになる
悪意のない、むしろ優しさから出てきたような心からの言葉でも、無理に悪意のある「言外の意味」を作り出してしまうようになります。 - 人が自分に言うことを、文字通りにしか受け取れないようになる
皮肉やあいまいな言葉、ほのめかしがいっさい通じない状態になります。 - すべてに耳をふさいでしまう
他者とのコミュニケーションを拒絶した状態になってしまいます。
ベイトソンはダブルバインドが統合失調症を招くと考えていましたが、現在、統合失調症には遺伝を含めた複雑な要因が絡んでいることがわかっており、その因果関係は定かではありません。
とは言え、ダブルバインドに縛られていると、心理的なストレスが高まり、極限状態に追い込まれてしまうことに変わりはありません。
自分がダブルバインドに直面したら
もしもそんなダブルバインド状況に追い込まれてしまったらどうすれば良いのでしょうか。
ここでは、自分の力で改善が可能な「軽いダブルバインド状況」と、自分の力ではどうしようもない「重いダブルバインド状況」の2つの場合で考えてみます。
軽いダブルバインド状況のとき
<共通のメッセージを探す>
軽いものであれば、状況を客観的に捉え、たとえば相手の本心をくみ取ることで乗り越えられるかもしれません。
一度、紙などに自分の置かれている状況を、図や言葉でメモをして、自己分析してみましょう。
そうすることで、2つの相矛盾するメッセージに気づき、その背景にある共通のメッセージを考えることができます。その共通のメッセージこそが、相手の本心とも言えます。
<自由に選んで決める>
本心に気づいた後どうするかは、あなたが自由に選ぶことができます。
穏便に済ませるには、相手の本心にしたがうということもできます。あるいは、「本心は、こういうことですよね」と、相手に指摘するという方法もあります。
提示されたメッセージとは関係のない行動をとることもできます。たとえば、相手との関係を絶つことも、相手が気分屋でどうしようもない人だと決めつけて適当にやり過ごすこともできます。
大切なのは、状況を客観的に捉えて、どうするかをあなたが自由に選んで決める、ということです。それは、にっちもさっちも行かないダブルバインド状況を打開することになります。
重いダブルバインド状況のとき
これは、あなたが選択の自由を奪われてしまっているときです。
何かあったら「ひどく怒られる」「暴力をふるわれる」「あらぬ噂を流される」などの重い仕打ちや恐怖がともなっている場合、ダブルバインドから抜け出すことが困難になります。
関係を絶ちたくても、「この仕事を失うと夢をあきらめることになる」「ここを出て生活するお金がない」「ほかのところで生きていく自信がない」など、さまざまなしがらみによって関係から逃れられない場合もあるでしょう。
混乱していて、そもそも何に縛られているのかよくわからないこともあるかもしれません。
<信頼できる第三者に相談する>
そんなときは、その状況から距離をおいた、信頼できる第三者に相談することが必要です。専門機関やカウンセラー、あるいは信頼できる友人に相談してもいいでしょう。
自分だけで解決しようとしないで、できるだけ信頼できる第三者を頼るようにしてください。
無自覚にダブルバインド状況をつくらないために
今度はダブルバインドなメッセージの送り手の立場で考えてみましょう。
ダブルバインドは、メッセージを送る側もしばしば無自覚です。ふりかえれば多少なりとも誰しも心当たりがあるかもしれません。
もっとも、対等な信頼関係ができている相手とであれば、ダブルバインドによる問題は生じにくいでしょう。注意しなければいけないのは、パワーバランスが違うときです。
上司が部下に対して、教師が生徒に対して、保育者が幼児に対して、親が子どもに対してダブルバインドなメッセージを送っている場合には、相手をダブルバインド状況に縛りつけてしまうおそれがあります。
自分の送ったメッセージを振り返る
たとえば、
・簡単なことを伝えたつもりなのに、なぜか相手が混乱し、萎縮したりする
・結果として、いつも相手を叱ってばかりだ
などの場合は要注意です。
もしかしたら相手をダブルバインド状況に追い込んでいるのかもしれません。
「心が弱い」「おおげさ」「無気力」などと、すべて相手のせいにしていませんか?
無自覚に自分が送っている「言外の意味」、もう1つのメッセージを振り返ってみましょう。メッセージを伝えるときの自分の表情、声のトーンや言い方、相手の状況はどうだったでしょう。相手の人柄や経験をふまえて、達成不可能な課題を与えていませんでしたか?
もしかしたら、相手がどうふるまっても、注意したり、怒ったりせざるを得ない状況に追い込んでいたかもしれません。
ふだんから相手の立場に立って考えるために、紙に自分の伝えたことや、気づいたことを自省的に書き出しておくのも方法の1つです。
逃げ道を用意する
大切なことは、パワーバランスの違いを認め、常に相手に逃げ道を用意しておくこと。
矛盾する2つのメッセージに板挟みにならないよう、自分から第3の選択肢を提案してもいいでしょう。
また、感じたことをありのままに言ってもらえる信頼関係を築くことができれば何よりです。
パワーバランスを前提にする
とはいえ、信頼関係は簡単にできるものではありません。「なんでも言いたいことを言いなさい」という言葉が威圧的に受け止められては、それもダブルバインドを招きます。
パワーバランスがあることを前提にして、相手を追い込まないために、対等に話せる第3者の相談相手がいるかどうかが大事になります。相手が孤立していないかどうか、いつも気にかけておきましょう。
対等なコミュニケーションのために
相手を守る
ダブルバインドが危険な状態になるのは、人が人を思い通りにコントロールしようとするときです。何よりもまず、対等な人間関係、信頼関係が大切だと言えるでしょう。
人をダブルバインドに追い込まないためには、相手を一人前の人として信頼して「成長を待つ」姿勢が必要です。
人は人に言うことを聞かせようとするとき、ときには規則や罰なども使って、行動の選択肢を完全にふさごうとしてしまいがちです。その結果、あらゆる行動をとれなくなって生まれるのが、ダブルバインド状況です。
人の行動の選択肢をなくして言うことを聞いたとしても、それは人を支配しているだけです。自由な選択肢のあるなかで、適切な行動を選べるようになっていなければ、人が成長しているとは言えません。
親や教師、上司には、時間はかかりますが、根気強く「成長を待つ」ことが求められます。
自分を守る
そして、自分がダブルバインドによって危険な状態に追い込まれないためには、自分の状況を客観的に捉え、自分の行動の選択肢を増やすようにすること。そして、本当に信頼できる第三者を見つけること。誰かに愚痴をこぼせるというだけでもいいのです。
自分の状況を話すこと自体が、状況を客観的に捉える助けになりますし、その信頼関係がいつか、ダブルバインドからあなたを救ってくれるかもしれません。