この記事で紹介する12人の心理学者
| 心理学者 | 国 | 専門分野 | 代表理論・代表研究 |
|---|---|---|---|
| ウィリアム・ジェームズ | アメリカ | 機能主義心理学・哲学 | 意識の流れ/プラグマティズム |
| ノーム・チョムスキー | アメリカ | 言語学・認知科学 | 生成文法 |
| ロバート・チャルディーニ | アメリカ | 社会心理学 | 影響力の武器(6つの法則) |
| ミハイ・チクセントミハイ | アメリカ(ハンガリー出身) | ポジティブ心理学 | フロー理論 |
| ジョナサン・ハイト | アメリカ | 社会心理学 | 道徳基盤理論 |
| ジョン・ゴットマン | アメリカ | 臨床・家族心理学 | 離婚予測と「4騎士」 |
| アントニオ・ダマシオ | アメリカ(ポルトガル出身) | 神経科学 | ソマティック・マーカー仮説 |
| アンジェラ・ダックワース | アメリカ | 教育・人格心理学 | GRIT(やり抜く力) |
| 山岸俊男 | 日本 | 社会心理学 | 信頼の研究(安心社会・信頼社会) |
| 遠藤利彦 | 日本 | 発達心理学 | アタッチメント研究 |
| 越智啓太 | 日本 | 犯罪心理学 | プロファイリング・目撃証言 |
| 岸田秀 | 日本 | 心理学者・精神分析学者 | 唯幻論・ものぐさ精神分析 |
ウィリアム・ジェームズ|「アメリカ心理学の父」と呼ばれる思想家
ウィリアム・ジェームズ(William James)は、19世紀後半のアメリカで活躍した心理学者であり、哲学者でもありました。アメリカで初めて心理学の講義を行った人物のひとりとされ、「アメリカ心理学の父」と呼ばれています。主著『心理学原理』は、その後の研究に長く影響を残しました。
代表理論:機能主義心理学と「意識の流れ」
ジェームズが打ち立てた機能主義心理学は、心の働きを「それが何の役に立つのか」という役割・機能の面からとらえる立場です。心を要素に分解するのではなく、環境に適応するための働きとして見ます。有名な「意識の流れ」という言葉は、意識が静止した断片の集まりではなく、川のように途切れず流れ続けるという考え方を表しています。
情動についても独自の主張があり、「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」と考えるジェームズ=ランゲ説を唱えました。身体反応の知覚が情動を生むという見方です。哲学者としては、考えの正しさをその実用的な結果から判断するプラグマティズムを代表する思想家でもあり、宗教や信仰をめぐる研究も残しています。
ノーム・チョムスキー|言語学に革命を起こした研究者
ノーム・チョムスキー(Noam Chomsky)は、厳密には心理学者ではなく言語学者ですが、その理論は心理学に大きな影響を与えてきました。アメリカの言語学者で、マサチューセッツ工科大学(MIT)の名誉教授です。政治評論家としても広く知られ、その思想は幅広い層に読まれていますが、ここでは心理学への貢献に絞って紹介します。
代表理論:生成文法と言語心理学への影響
チョムスキーの代表理論である生成文法は、人間が無限の文を生み出せるしくみを、限られた規則の組み合わせとして説明しようとするものです。彼はさらに、人間には生まれつき言語を獲得するための仕組みが備わっているという普遍文法の考えを示しました。
当時主流だった行動主義は、言語も外からの刺激と反応の積み重ねで身につくと説明していましたが、チョムスキーはこれを鋭く批判します。子どもがわずかな時間で複雑な文法を使えるようになる事実は、刺激と反応だけでは説明できない、というのが彼の主張でした。この行動主義批判は、心を情報処理の観点からとらえる認知科学が生まれるきっかけのひとつになり、言語心理学という分野の土台にもなっています。
ロバート・チャルディーニ|「影響力の武器」で知られる社会心理学者
ロバート・B・チャルディーニ(Robert B. Cialdini)は、アメリカの社会心理学者です。人がどんなときに「つい承諾してしまう」のかを長年研究し、その成果をまとめた著書『影響力の武器』は世界的なベストセラーになりました。以降は「チャルディーニ」と表記します。
代表理論:影響力の武器と6つの法則
人が承諾してしまう心理を、チャルディーニは6つの原理として整理しました。『影響力の武器』で示されたこの法則は、次のとおりです。
- 返報性:何かをしてもらうと、お返しをしたくなる
- 一貫性(コミットメント):一度決めた態度を貫こうとする
- 社会的証明:多くの人の行動を判断の手がかりにする
- 好意:好きな相手の頼みは受け入れやすい
- 権威:専門家や肩書きのある人の言葉を信じやすい
- 希少性:手に入りにくいものほど価値を感じる
これらは説得やマーケティングの場面で日常的に使われている心理です。仕組みをあらかじめ知っておくと、相手の意図に気づきやすくなり、自分の行動を落ち着いて選べるようになります。
ミハイ・チクセントミハイ|フロー理論を提唱した心理学者
ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)は、ハンガリーに生まれ、アメリカで研究を続けた心理学者です。人間の良い面や強みに光を当てるポジティブ心理学の代表的な研究者として知られています。
代表理論:フロー体験とフロー状態
フローとは、活動に完全に没入し、時間を忘れて活力と喜びを感じている心理状態のことです。スポーツや演奏、仕事に夢中になって「気づいたら何時間も経っていた」という経験は、フロー体験の一例といえます。チクセントミハイは、こうしたフロー状態が、自分のスキルと取り組む課題の難易度がちょうど釣り合ったときに生まれやすいと指摘しました。
課題が簡単すぎれば退屈になり、難しすぎれば不安になります。両者のバランスがとれたときに、人は深い集中へと入っていきます。この考え方は、幸福とは何か、人はどんなときに創造性を発揮するのか、といった研究へと広がり、働き方や教育を考えるうえでも参考にされています。
ジョナサン・ハイト|道徳と政治的分断を読み解く社会心理学者
ジョナサン・ハイト(Jonathan Haidt)は、アメリカの社会心理学者で、ニューヨーク大学の教授です。人の道徳的な判断がどう生まれるのか、そしてなぜ政治的な対立が起きるのかを研究してきました。
代表理論:道徳基盤理論
私たちは何かを「正しい」「間違っている」と感じるとき、まず理性で考えてから結論を出していると思いがちです。ハイトの道徳基盤理論は、これとは逆の順番を示します。道徳的な判断はまず直感として瞬時にわき上がり、そこには感情が深く関わっている。理性はそのあとで理由を説明するために働く、という考え方です。
さらにハイトは、人の道徳がケア、公正、忠誠、権威、神聖といった複数の「基盤」から成り立っていると整理しました。どの基盤を重く見るかが人によって異なるため、リベラルと保守は同じ問題を見ても違う感じ方をします。著書『社会はなぜ左と右にわかれるのか』では、この枠組みから政治的な集団同士の対立を読み解いています。近年は、SNSやスマートフォンと若者のメンタルヘルスの関係についても発言しています。
ジョン・ゴットマン|夫婦関係を“予測”する研究で知られる心理学者
ジョン・ゴットマン(John Gottman)は、夫婦やカップルの関係を科学的に研究してきたアメリカの心理学者です。短い会話を観察するだけで、その夫婦が数年後に離婚するかどうかを高い精度で予測したことで知られています。
代表研究:離婚予測と夫婦関係の「4騎士」
ゴットマンは、夫婦に普段どおりの会話をしてもらい、その様子を細かく分析しました。注目したのは、二人がどんなコミュニケーションをとっているかです。そこから、結婚生活を壊しやすい4つのパターンを「4騎士」と名づけました。相手の人格そのものを責める「批判」、見下しやあざけりを含む「軽蔑」、自分を守ろうとする「防衛」、向き合うのをやめる「逃避」の4つです。
なかでも軽蔑は、関係の悪化を最も強く示すサインとされています。たとえば「あなたはいつもそう」と人格を否定する言い方や、ため息やあきれた表情で相手を下に見る態度がこれにあたります。こうした感情のやりとりを少しずつ変えていくことが、パートナーとの人間関係を立て直す手がかりになります。ゴットマンは「愛情の研究所」と呼ばれる施設でも研究を重ねました。
アントニオ・ダマシオ|感情と意思決定の関係を解明した神経科学者
アントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio)は、ポルトガルに生まれ、アメリカで活躍する神経科学者です。感情や情動が、私たちの脳や身体とどう結びついているのかを研究してきました。
代表理論:ソマティック・マーカー仮説
理性さえあれば人は正しく判断できる。そう考えたくなりますが、ダマシオの研究はこれに異を唱えます。彼が示したソマティック・マーカー仮説は、感情や身体の反応こそが合理的な意思決定を支えているという考え方です。「ソマティック」は身体に関わるという意味で、過去の経験にともなう身体の感覚が「目印(マーカー)」となり、たくさんの選択肢を絞り込む手助けをする、と説明されます。脳の特定の部位を損傷して情動がうまく働かなくなった人が、知能は保たれているのに日常の判断ができなくなる。ダマシオはこうした事例から仮説を組み立てました。著書『デカルトの誤り』は、心と身体を切り離して考える心身二元論への批判を込めたタイトルです。脳科学の立場から、感情と理性、そして自己意識のつながりを問い直した研究といえます。
アンジェラ・ダックワース|「やり抜く力(GRIT)」を実証した心理学者
アンジェラ・ダックワース(Angela Duckworth)は、アメリカ・ペンシルベニア大学の心理学者です。もとは中学校の数学教師で、その経験から「成功する人としない人を分けるものは何か」という問いに向き合うようになりました。
代表理論:GRIT(やり抜く力)
ダックワースが実証したのは、長期的な成功を左右するのは才能よりも「やり抜く力(GRIT/グリット)」だ、という考えです。GRITとは、ひとつの目標に向かって情熱を持ち続け、粘り強く努力を重ねる力を指します。彼女は士官学校の訓練生や教育現場など、さまざまな場面で調査を行い、途中で投げ出さずに続けられる人ほど高い成果を上げる傾向を見いだしました。ここで注意したいのは、GRITは「才能はいらない」と言っているわけではない点です。才能があっても、それを努力で磨き続けなければ成果には結びつきにくい。GRITは、長い人生のなかで物事をやり遂げる姿勢として、教育や子育ての分野でも広く参照されています。
山岸俊男|信頼と協力の社会心理学を切り拓いた研究者
山岸俊男(やまぎし としお)は、信頼や協力といった人と人との関係を、実験を用いて読み解いた日本の社会心理学者です。北海道大学や一橋大学などで研究と教育にあたりました。
代表研究:信頼と「安心社会・信頼社会」
山岸は、見知らぬ相手と協力できるかどうかという問題を、実験社会心理学の手法で調べました。そのなかで提示したのが「安心社会」と「信頼社会」という対比です。安心社会とは、決まった身内や仲間のなかで互いに見張り合い、裏切られない関係に守られた社会を指します。一方の信頼社会は、相手が身内かどうかに関わらず、初対面の人でもひとまず信頼できる社会です。山岸は、日本人はしばしば「信頼が厚い」と思われがちだが、実際には安心社会の傾向が強いのではないか、と指摘しました。集団の外に出て知らない相手と関わるときにこそ、相手を信頼する力が問われます。文化と人の心の関係を実験で明らかにしようとした研究は、国内外で高く評価されています。
遠藤利彦|日本の愛着研究をリードする発達心理学者
遠藤利彦(えんどう としひこ)は、子どもの心の発達を研究する日本の発達心理学者です。なかでも愛着(アタッチメント)の研究で知られ、この分野を国内でリードしてきた一人です。
代表研究:アタッチメントと非認知能力
アタッチメント(愛着)とは、子どもが特定の大人との間に結ぶ情緒的な絆のことです。不安や不快を感じたとき、その大人のそばに行けば落ち着ける、という安心感の土台になります。遠藤の研究は、こうした安心できる親子関係が、子どもの感情の発達や、人と関わる社会性を育てる基盤になることを示してきました。近年は「非認知能力」との関わりからも注目されています。非認知能力とは、テストの点数では測りにくい、粘り強さや他者と協力する力などを指す言葉です。安定した愛着が、その育ちを支えると考えられています。こうした知見は、保育や子育ての現場でも参考にされています。
越智啓太|犯罪心理学をわかりやすく伝える研究者
越智啓太(おち けいた)は、犯罪心理学を専門とする日本の研究者で、法政大学文学部の教授です。プロファイリングや目撃証言など、関心を持たれやすいテーマを一般の読者に向けてわかりやすく伝えてきました。
代表テーマ:犯罪心理学とプロファイリング
犯罪心理学は、犯罪が起きるしくみや、それを防ぎ捜査に役立てる方法を扱う分野です。越智が紹介してきたテーマのひとつがプロファイリングです。これは、犯行の状況や手口といった証拠から、犯人の特徴や行動のパターンを推定する手法を指します。もうひとつが目撃証言の信頼性です。人の記憶は録画のように正確ではなく、あとから得た情報や質問のされ方によって変わってしまうことがあります。こうした記憶研究は、捜査や裁判のあり方を考えるうえで欠かせません。越智の仕事は、臨床心理学とは異なる切り口から、心理学を実際の社会に応用する道筋を、専門外の読者にも届くかたちで示している点に特徴があります。
岸田秀|犯罪心理学をわかりやすく伝える研究者
岸田秀(きしだ・しゅう)は、心理学者・精神分析学者・エッセイストとして、日本の思想界に独自の視点を提示してきました。フロイトの精神分析理論を発展させ、独自の「唯幻論(ゆいげんろん)」を提唱したことで知られています。
代表テーマ:唯幻論(ゆいげんろん)
岸田の思想の原点にして代表作である『ものぐさ精神分析』(青土社、現在は河出文庫や文春文庫などでも広く読まれています)は、当時の思想界に大きな衝撃を与え、現在も高い評価を獲得し続けている名著です。
岸田の理論の根幹にあるのは、「人間は本能が壊れた動物である」という人間観です。本能を喪失した人間は、そのままでは生きていけず、現実を補完するための「幻想」を必要とします。この個人の幻想が「自我」であり、集団で共有する幻想が「国家」や「歴史」であると彼は分析しました。つまり、私たちが当たり前と信じている社会秩序や道徳はすべて共同幻想であり、これによって人類は破滅を免れているという画期的な解釈です。この唯幻論は国家間の関係や近代日本史の解釈にも応用されました。『アメリカを精神分析する』などの書籍では、日本人のアイデンティティやアメリカとの歪んだ心理的関係を鋭く切り取りました。
気になる心理学者から学びを深めよう
今回取り上げた12人を振り返ると、心理学が扱う領域の広さがよく分かります。チョムスキーが向き合った言語、ハイトの道徳、ゴットマンの夫婦関係、遠藤の子どもの発達、越智の犯罪。心の研究は、これほど多様なテーマに分かれています。一人ひとりの理論は、特別な知識がなくても、私たちの暮らしや人間関係を見直すヒントになります。気になった人物がいたら、その代表理論を入り口に、もう少し深く調べてみてください。フロー理論や影響力の武器、GRITなど、ひとつのテーマを掘り下げた記事もあわせて読むと、理解がぐっと進みます。あわせて、「有名な心理学者」シリーズ第1弾で紹介した心理学者にも目を通せば、心理学の地図はさらに広がるはずです。

